取り扱い商品詳細

於佐州越後国高田住正義作 嘉永六年二月日(幕末・越後国)30-6-125

(無鑑定ですが正真保証)

石目地蝋鞘赤銅総金具略式太刀拵え附

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商品仕様

特徴

長さ74.2㌢ 元幅31㍉ 元重ね7㍉ 反り16㍉ 幕末期に現在の新潟県上越市春日で鍛刀して居た三家正義の遺作で、本作は佐渡島で駐鎚したもので御座居ます。佐渡打ちは希有で、恐らくは佐渡金山などの幕府の要所に努めていた侍の注文打ちでは無いかと思います。銘鑑には同県内の出雲﨑に住していた鳥居則安との合作があると記され、両者の現存する紀年作は慶応三年(1867)である事からして彼らの合作の年紀なのでしょう。本作は嘉永六年(1853)作で現存する彼の最古のもので有ります。当時の高田領には榊原家が統治し、高田城下には侍鍛冶として記録に残る水心子正秀の門下の刀工が多く居たことなどを鑑みると、彼も侍鍛冶だったので無いかと考えており、その為に現存作が希有なのでは無いでしょうか。そして前述の鳥居則安も同郷の侍では無いかと思います。高田藩は戊辰戦争終結後、降伏した会津藩士1,742名の御預を命じられ、藩内には旧幕府側に対する同情が強く、御預の会津藩士についても彼らを手厚く待遇し、御預中に死亡した会津藩士の墓地は「会津墓地」と呼ばれ現存し、今も護持されております。本作は制作当時二尺七寸ほどのものを擦り揚げて二尺四寸五分に仕立て直されており、身幅に元先の開きが少なく、大切先に結ぶ大柄なもので、地鐵は小板目が細密に詰んで地沸が微塵に付いた幕末特有の風情を表示し、刃文は小沸勝ちの匂い深い直ぐ刃に、小互の目が連れて刃沸がむら立ち、小足、砂流しが働いて居ります。高田近隣で鍛刀して居た水心子一門の侍鍛冶の作風に近似しており、定かでは無いですが水心子一門の一人では無いかと考えています。地元の方に所蔵して戴くのが良いと考え68万円税込みで御案内致します。

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