取り扱い商品詳細

播磨守藤原輝廣作(江戸時代中期・安芸国)30-6-120

(特別保存鑑定)

黒蝋鞘赤銅金工金具打ち刀拵え附

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商品仕様

特徴

長さ45.5㌢ 元幅29㍉ 元重ね6㍉ 反り14㍉ 江戸時代中葉の寛文年間から延宝年間(1661~1680)頃に現在の広島県庁の近隣で鍛刀して居た輝廣の遺作で、彼は忠人蔵で著名な浅野家の抱え鍛冶で御座居ます。広島藩(ひろしまはん)は、安芸国一国と備後国の半分を領有した大藩で、現在の広島県の概ね半分を治め、藩庁は広島城(現在の広島市)に置かれ芸州藩(または安芸藩)と呼ばれます。彼の現存する紀年作は寛文元年、延宝七年が確認されておりますので、活躍年代は明らかで御座居ます。彼の高祖父は江戸時代初頭に岐阜県関市の兼友が、始め京の埋忠明寿の門と成り、後に福島正則公に召し抱えられて広島に来住して輝廣に改名したと云われており、その後改易となって浅野家に召し抱えられて以降、幕末まで続く刀工一族で、現存作も多く、その作風からは関鍛冶の名残が窺えますので解説してみます。身幅は元先に差ほど開きがなく、反りがやや深めで中切先が延び心の姿となって居り、江戸時代中葉を少し降った彼の晩年の作と考えており、地鐵は小板目が良く詰んで、肌面が白けて居り、刃寄りには流れ肌が交じっているために、小沸勝ちの締まりこころの焼きの頭頂部には、肌に作用して金筋が匂い口に働いている事が解ります。その刃文は腰が大きく開いた互の目が連れて、処々に間遠く間隔を置いて縦に長い丁子が交じり、焼きの頭頂部が尖り風となるものが交じって、匂い口には前述の金筋が良く働いており、刃中にも砂流しが肌に作用して横に長めに働いて居ります。帽子は直ぐに入って湾れながら、先は掃き掛けて小丸に返ってその先は長めに焼き下しており、刃文と帽子にも関鍛冶の名残を看る事が出来ます。これらの関鍛冶流の作風が彼ら一族の持ち味で見所で御座居ます。命脈を保つ輝廣一族の背後には浅野家という為政者が居たからこそで、秀抜な一刀一装を42万円税込みで御案内致します。

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